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しばらく、暫く

しばらく

 暫く(しばらく)とは、少しの間という意味で「しばらくお待ちください」などと使う。ところが一方で、「しばらくですね」という挨拶はかなり長い時間の経過を言い表していて、長いのか短いのかはっきりしないあやふやな言葉である。考えてみると最初の「しばらくお待ちください」も、「少々お待ちください」や「ちょっと待ってください」ほど短い時間という感じはない。つまり、すぐには対応できないが、相手がいらいらして怒り出すほど長い間は待たせないというニュアンスを効かせた言葉ではないかと考えられる。ここで肝心なのは「いらいらして怒り出すほどではない」というところ。要するに、長い間ではあったとしても、そのことを自分も相手も不快に感じなければ「しばらく」でよいのである。というわけで、人を待たせている場合は「しばらく」は短い時間となり(長く待たせるとキレちゃうヤツもいるからね)、お互い承知のうえで離れて暮らしている場合は、長い時間が「しばらく」となる。「しばらくですね」という挨拶も、長い時間の経過を感じなかった(つまり、長い時間の経過を不快に思わなかった)という感覚で発せられる言葉であり、「おまえの顔なんか見たくもないから、すっかり忘れてたよ」とでも言いたげな(それほどでもないか)挨拶だと言える。

「しばらく」の古い形は「しまらく」。「しま」は「締まる」の「締ま」と同源で、堅く緊密であることから、きゅっと締まった時間、つまり少しの時間という意味になるらしい。『万葉集』には、現在の「しばらく」を「しまらく」、「しばし」を「しまし」と表記する歌が見られるが、平安時代になるとそれぞれ「しばらく」「しばし」に変化する。

『万葉集』の「しまらく」「しまし」の使い方を見ると、「ホトトギス、おまえが鳴くとあのコを思い出しちゃうから少し間を置いて鳴け」とか「少しの間眠っていたいのに、キミが夢に現れて、オレは泣いちゃう」「オレはちょっとの間でもひとりではいられない」といっためそめそ系の歌が多いが、どの例を見てもわかるように、この「少しの間」は心の平和が保たれている時間だという点で共通している。「少しの間寝ていたい」ヤツは、カノジョが夢に現れなければいつまで寝ていてもかまわないし、それが「しばらく」となる。辞書の解説としては「少しの間」となるが、「しばらく」には、「穏やかな気持ちで過ごせる時間」という気分が含まれていて、それは『万葉集』の時代にはすでに意識されていたのだといえる。

 日本語にはこのような「隠れ気分語」が多いので、「長いんかい、短いんかい、どっちや!」などと短気を起こさず、冷静に取り扱ってほしいものである。

 (KAGAMI & Co.)

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