top of page

正月

しょうがつ

 正月とは、1年の最初の月のこと。つまり、1月のことだが、一般的には正月行事が行われる期間を正月と呼び、近年では、1月の仕事休みの期間をそう呼んでいる。その証拠に、新年に出勤してたらたら仕事をしていると、「いつまでも正月気分が抜けないな」とイヤミを言われる。こういう事象から考察すると、「正月気分」つまり、たらたらした気分で過ごす時期が「正月」と定義できそうだ。

 年賀状の挨拶で「初春のお慶びを」とか「迎春」などと書かれるように、正月は四季でいえば「春」に属する。現在では正月は「春」というより、これから寒さが厳しくなる真冬の感覚だが、これは旧暦(太陰太陽暦)で判断しているからで、旧暦の1月から3月までが春の扱いになる。二十四節気で、春の到来を告げる「立春」は、現代では2月4日頃だが、旧暦では、元旦の近辺に当たるので(暦が大雑把なので、立春は正月の前後で大幅にずれる)、正月に「初春のお慶びを」申し上げても、誰からも「寒いじゃねえか」というクレームは来ない。

 日本において正月は、一年で最も重視されているおまつりの期間で、古くから各家に「年神様(としがみさま)」を迎えて様々な行事が行われてきた。この「年神様」は実体のよくわからない神様で(神様だから実体がわからないのはあたりまえだが)、稲作の豊饒を願う穀物神だとされている。素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子に「大年神(おおとしのかみ)」という神様がいるが、この神様が正月にやってくる「年神様」だとしたら、サンタクロース並みの知名度があってもよさそうなもので(鹿に引かれて煙突から入ってくるというようなホラ話も含めて)、そうはなっていないところを見ると、この「大年神」は、各地の正月の行事を見て、後付けで誕生させた神であり、その神に関わる逸話作りをサボったために、プロモーションに失敗したと考えてもよさそうだ。

 というわけで正月にやってくる「年神様」は、特定の神様ではなく、土着の信仰に基づいて各地で祀られていた穀物神のような神々だと考えられる。正月の行事も、各地でそれぞれ営まれていた祭事が、徐々に定式化したものと見られるが、中世以降に整えられた「祖霊信仰」の考えにより、正月はお盆と並んで、祖先の霊を招いて祀る祭事、つまり魂祭り(たままつり)の機会であるとされ、現代でも、西日本では元日にお墓参りをする習慣が残り、東日本にはご飯に箸を立てて祖霊を祀る習慣が残っている。しかし、祖霊信仰の思想が整えられる以前、平安時代の新年の宮中行事では、元旦に天皇が天地四方の神々と先祖代々の御魂(みたま)を遥拝した前年の災厄を払い落とし、その後はなんだかんだ理由をつけて毎日のように宴会が行われ、祖霊(つまり死者の霊)を招いて厳かに供養する盂蘭盆会(うらぼんえ)が行われたお盆とは明らかに様相がことなる。古代の宮中行事は中国の影響を受けているとも考えられるが、平安時代の絵巻物を見ると、庶民が路上で毬杖(ぎっちょう:ホッケーのような正月の遊び)に興じている姿が描かれ、現代同様、正月は庶民にとっても遊んで過ごすのが普通だったようだ。ということで「正月行事は祖霊信仰の儀式だ」というのは、中世以降の学者が、正月を格式化するためにこじつけた「よた話」なのではないだろうか。

 正月というのは要するに、他の日本の原始的な行事と同様、元旦に「祖霊」も含めたいろいろな神々(多神教ですからね。天皇だってあっちゃこっちゃの神様に祈りを捧げている)に祈りをささげ、その際ささげた供物をおろして宴会をする、つまり直会(なおらい)が延々と続く期間だといえる。つまり、新しい年の豊饒と幸福を願うために神様のお許しを得た無礼講であり、仕事をさぼってたらたら過ごすのを許された期間なのであって、現在われわれが享受しているぐだぐだ加減は、正月休みの正統な過ごし方なのである。

 祖霊信仰の思想により、祖霊を招いて祀る行事だと規定された正月行事だが、実態を見ると「それ、違うんじゃね」とみんな考えていて、さらに古くから日本に根付いていて神道や仏教の影響を受けて強化された「ケガレ」の観念も手伝って、こんなめでたい席に祖霊(死者の霊)なんか呼べるわけねえだろ(あー、これは不遜な発言だ!)というホンネがダダ漏れした結果、「年神様」という観念もろとも忘れ去られ、現在の正月のありさまがあると筆者は考える。

​(VP KAGAMI)

関連用語

bottom of page