ベジタリアン

べじたりあん

 ベジタリアンとは、菜食主義者のこと。いかにも「草を食って生きてます」みたいな印象の「菜食主義者」と比較して、カタカナ表記のこの言葉は「洒落で真似してみようか」という気にさせるスタイリッシュな響きがある。

 日本人は江戸時代まで獣肉食を忌避する傾向にあり、ベジタリアンに近いところにいたような印象があるが、牛や鶏をほとんど食べなかったのは「家で一緒に暮らしている動物を食べたくない」という本能的な理由が大きいようで、あまり親しくつきあっていない魚類は盛んに食しており、肉食そのものに抵抗感があったわけではないようだ。そのせいか、いまでも本気で菜食主義に取り組んでいる人はあまり見かけない。

 菜食生活は必ずしも健康によいとは限らないと言われている(「健康」をどう定義するかにもよる。健康で早死にできるというのも「健康」かも)が、海外のベジタリアンの多くは、動物愛護の精神からこの食生活を選択しているようで、オシャレなブームとしての菜食主義とは区別されるだろう。それでもベジタリアンは動機として健康志向をアピールするのが普通だが、これは動物愛護精神があまり理性的でない感情的な動機に基づいているからで、議論になったとき弱いと感じているからではないだろうか(「だって可愛そうなんだも~ん」ではねえ……)。こうして彼らのホンネを探ると、食生活にほとんど興味ないとしか見えず、動物愛護活動も活発なイギリスで、ベジタリアンが多いのも納得できる。われわれ雑食主義者にしても、食事の前にドナドナみたいに引かれてきた牛を見せられ「さあ、いまからこの牛(その牛に名前なんかついていたりしたら最悪である)を食べていただきます」なんて言われようものなら食欲も失せる。元ビートルズのポール・マッカートニーも、牧場を経営していたときにベジタリアンになったそうだ。こういうことを言うと日本では「動物でも植物でもわれわれは生き物の命をいただいて生きているのだから、差別せずに感謝してなんでも食さなければならない」という、仏教思想的な主張がなされるが、当の仏教の修行者(主に禅宗)が、肉食は避けても植物はおいしくいただいているので、やはり根にあるのは動物(特にわれわれに身近な動物)を殺すことへの抵抗であろう。われわれ雑食主義者は、ベジタリアンのホンネを認めつつ、罪深い人間として楽しく生きていくしかないのであろう。(KAGAMI & Co.)

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