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のう

 能とは、高尚な芸術は鑑賞者を深い眠りに誘うという定義を実証する、日本の伝統的な舞台芸術。シンプルな舞台装置、演者の表情を隠すマスク(能面)、抑揚がなく現実感のないセリフ、遅く静かな動きと定型化した仕草、変化に乏しい音楽など、五感を刺激する余計なものをいっさい切り捨てた究極の退屈さの演出がそこにある。

 能は、南北朝時代に登場した観阿弥・世阿弥という天才的な演劇家によって、それまでの各種芸能を総合して完成されたと言われる。能役者のパトロンの多くは武士であり、能は武士(それも上級の)のための芸能といえる。「毎日がアクション映画」みたいな武士にとって、芝居くらいは「ぼーっとして見ていたいよ」という気分だったに違いなく、能がそれに応えるぼんやりした芸能となったのはわからないでもない。

 能は今世紀に入って、西欧の前衛的な演劇関係者に「演劇の本質を摘出した仮面劇」と高く評価され、彼らの作劇にも多大な影響を与えたとされる。しかし、日本の関係者が自信満々招待したある劇作家は、能が始まるやいなや「こんな退屈な演劇はがまんできない」と逃げ出してしまったというから、われわれ教養のないしろうとが上演中ずっと居眠りしていたとしても、恥じ入るには及ばない。(KAGAMI & Co.)

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