手打ち蕎麦

​てうちそば

 手打ち蕎麦とは、機械を使わず人力で作られた蕎麦、文字通り、手で打った蕎麦のこと。しかしこの言葉が使われ出した江戸時代には、製麺機などなかっただろうから「手」で打つのは当たり前だし、そもそもこの「打つ」という言い方もなんだかヘンである。蕎麦を作る過程で「打つ」という作業は確かにあり、こねたソバ粉を延べるときに小麦粉みたいなものをばらまく(これを「打ち粉を打つ」という)ことだが、それがさして重要な作業とは思えない。「打ち粉を打つ」作業を敷衍して麺棒で蕎麦粉を延ばす作業全体を現在では「蕎麦を打つ」と言うものの、麺棒で延ばす作業が「どこが打ってるあるか」と中国人なら文句を言いそうである。だからといって「手打ち蕎麦」を他の言い方にすればいいというものでもなく、「手こね蕎麦」だとハンバーグみたいだし、「手延べ蕎麦」じゃそうめんだし、「手切り蕎麦」ではお別れのソバみたいで縁起が悪い。「手打ち蕎麦」がしっくりくることも確かである。

 で、その「手打ち蕎麦」だが、この言葉は江戸初期・延宝年間(1673~81)には文献に現れている。当時はようやく蕎麦屋が現れだしたころで、江戸ではまだうどん屋のほうがだんぜん数が多かったらしい。『談林三百韻(76)』には「西方へそのまま至る手打蕎麦」という句が掲載されていて、すでに蕎麦が江戸発祥の食べ物として知られていたことがうかがえる。当時蕎麦は「蕎麦切り」と呼ばれていた。それまで蕎麦はそばがきや団子状にして食べられていたが、16世紀後半に信州あたりで延べたソバ粉を切って麺状にする食べ方が考案され、江戸に伝えられた。「蕎麦切り」の「切る」という語が縁起が悪いので、当時武士が刀で斬ることを「討つ」と呼んでいたことにちなんで「打つ」に替えたことは十分ありえる。それでは「手」はなにかというと、これも武士が自らの手で(もちろん手で持った刀で)敵を切ることを「手討ち」と言っていたことから来たのではないかと考えられる。なんだか物騒な語源だが、この「手討ち」という言葉には、自らの手で討つことから、自分の手で作ること、つまり「自家製」という意味もあったようで、「土蔵手打の普請(つまり土蔵をDIYで作っちゃった)」という一文が織豊時代の文献に見える。したがって「手打蕎麦」すなわち「自家製蕎麦」である。その後「手打蕎麦」は十割蕎麦を出す店が使い、上製の蕎麦(つまりバカ高い蕎麦)を言うようになった。

 「手打ち蕎麦」の「手」は自家製であること、「打ち」は蕎麦を切る作業ということで、ガッテンしていただけましたでしょうか。

(KAGAMI & Co.)

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