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可愛さ余って憎さ百倍、かわいさ余って憎さ百倍

かわいさあまってにくさひゃくばい

 可愛さ余って憎さ百倍とは、かわいいと思う気持ちが強すぎると、憎しみの感情もそれにまして強くなるという意味。かわいがっているのになぜ憎く思うようになるのかというと、多くは、かわいがられている相手がその立場に甘んじて身勝手なふるまいをするからである。わかりやすく言うと、かわいがっている愛人が浮気をしているようなケースがそれだ。しかし、そんな単純なケースも含めてこのことわざの根底にあるのは、かわいがっている方の支配欲である。裏社会で、失敗した部下に罰を与えることを「かわいがる」と言うように、相手をかわいがる行為は支配欲を満足させる行為でもある。したがって、相手がその支配範囲から逸脱する行為をすると、そこに憎しみの種が生まれる。それは浮気というような単純な行為に限らず、支配する側が「あの野郎、生意気じゃねえか」と感じるちょっとした行為が憎しみのきっかけとなり、そこから数多くの暗くじめじめした文学作品が生まれるのである。

 狂言『居杭(いぐい)』(または『井杭』)には、主人公の居杭をかわいがってくれるのはいいが、訪問するたびに「居杭よく来た」と言って頭を叩く癖のある人物が登場する。無沙汰の理由を問われた居杭が「頻繁に顔を出したいのですが、来るたびに頭を叩かれてひと目が悪いので」と言うと、主人曰く「憎うて張ると思ふか、かはいさが余って張るいやい」とのこと。このケースでは、居杭は主人に逆らったわけではないので、支配欲を満足させる「かわいがり」の一表現としてこのパワハラもどきの行為が示されているわけである。パワハラやセクハラが問題となる以前に、こういう人物は日本列島には多数棲息していた(ハリウッドあたりにも当たり前のように棲息していた)が、「いちいち頭張られるのはおかしくねえか」と普通に思う居杭のような人々が声を上げるようになって、現在は肩身の狭い思いをしているのである。(VP KAGAMI)

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