郷に入っては郷に従え、郷に入っては郷に従う

ごうにいってはごうにしたがえ

 郷に入っては郷に従え(郷に入っては郷に従う)とは、新しい土地で暮らすならその地の風俗や習慣に従うのがよいということわざ。鎌倉時代に成立し明治中期まで使用されていた子ども向け教訓書『童子教(どうじきょう)』に「入郷而随郷 入俗而随俗(ごうにいってはごうにしたがひ ぞくにいってはぞくにしたがひ)」とあるのが出典とされるほど古いご教訓だが、西洋にも“When in Rome, do as the Romans do(ローマにあらば、ローマ人のごとくふるまえ)”という格言があるように、全世界、全時代共通の(つまり、ありふれた)処世訓といえる。

 中国に「入郷随俗(入乡随俗)」(台湾では「入境随俗」)という「郷に入っては土地の習俗に従う」という意味の四字熟語があり、『童子教』の教えはそのあたりから引かれたものと考えられるが、理屈っぽい中国人には、たぶん「入郷随郷(郷に入っては郷に従う)」では説明不足で、「入郷随俗(郷に入ってはその土地の人々、またはその人々の習俗に従う)」と説明しなければ、「ちょっと意味わかんないですけど」となるのかもしれない。

「入郷随俗(入乡随俗)」という四字熟語のもととなったのは、『荘子・山木 第八章』に見える「入其俗、從其俗(人々に交わるなら、その習俗に従え)」という一文とみられ、『童子教』の「入俗而随俗」はこれをほぼそのまま引用したもの。『荘子』の話はこうである──私(荘子)は先生(老子?)から「入其俗、從其俗」と教えられたが、栗林で私(荘子)が我を忘れてカササギを捕ろうとしていたら、カササギもカマキリを狙い、そのカマキリもセミを狙っていて、自然の食物連鎖の真実に驚かされた。私はあわてて逃げようとすると、栗林の管理人に栗泥棒と間違えられた。私はいますごく悩んでいる──ということで、なんのこっちゃらさっぱりわからない。解説によると、老子の教えは自我を捨てて周囲に交われという意味で、荘子がそのとおりにしていたらものごとの真実を見失ってしまったということらしい(そう言われてもまだよく理解できない)。いずれにしても「入其俗、從其俗」は「入郷随俗」という四字熟語となり、日本では「郷に入っては郷に従え」ということだとわかりやすく解釈され、子どものご教訓として(学校に入ったら先生の言うことをちゃんと聞けってことかな)生かされているのである。(VP KAGAMI)

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