むかし

 むかし(昔)とは、過去のこと、また、過去の一時点のこと。「むかし、むかし、あるところに」「今は昔」のように、物語の冒頭でよく使われる。年寄りやバブル期に若年期を過ごした中年にとって「よかった時代」、バブル後に若年期を過ごした連中にとっては「ひどかった時代」、もっと若い世代には「知らない時代」。

「むかし」の「むか」は「向く」の「向か」、「し」は「ひがし(日に向かう方向)」「にし(日が去る方向)」のように、方向という意味とされる。「むかし」はつまり、向く方向。直観的にとらえると、「向く方向」なら未来ではないかと言いたくなる。しかし、振り返って見た(向かった)ときにまざまざと浮かび上がって来るのは過去であり、未来は何も見えない。つまり昔の人にとっては「昔=過去」のほうが、直観的、感覚的にわかりやすいと言える。また、向かう方向=正面=前の「前(まえ)」が過去を意味することも、この概念には関係ありそうな気がする。

「むかし」は「昔」「古」などの漢字が当てられるが、これらの漢字は古くは「いにしえ(いにしへ)」とも読まれた。「いにしえ」は「去にし方(いにしへ)」で過ぎ去った方向という意味。こちらのほうが感覚的にわかりやすい言い方で、昔の人は両語を使い分けていた。大野晋先生によるとその違いは、語源からも推測できるように、「むかし」が自身の体験に関わりのある過去、思い出すことができる過去の一時点、「いにしへ」が客観的な過去を表していたとのことだ。その後、「むかし」は使用範囲が広がり(その理由は不明だが、「いまはいにしへ」なんて言いにくいからではないかと筆者は思う)、「いにしへ」はしだいに使われなくなったという。

(VP KAGAMI)

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