びっくり仰天

びっくりぎょうてん

 びっくり仰天とは、非常に驚く様を言い、「あいつが合格したなんて、びっくり仰天だ」のように使う。「びっくり」は驚きを表現する副詞、「仰天」は天を仰ぐ、つまり空を見上げる行為だが、一般の辞書を引くと、これも驚きの表現だとしている。しかし、ちょっと考えてみてほしいが、われわれが空を見上げる動作をするのは、頭上にUFOが現れたときか、「わ~、気持ちいい~」というとき、あるいは逆に「あ~、もうだめだ~」みたいな心境のときである。実際、「仰天」を「天を仰ぐ」と書き下し文にすると、驚く意味にはならず、「あ~、もうだめだ~」という気分を表す。驚いて天を仰ぐのは、ギャグマンガの表現(誰のマンガかは知らない)くらいのものである。

 中国の辞書を見ると、「仰天」は「空を見上げること」(ごもっとも)とあり、それは悲嘆や興奮、感激の気持ちを表しているという。実際、李白は仕官して妻子と別れ都に旅立つときの意気揚々とした心境を「仰天大笑出門去」(天を仰いで大笑いし、門出した……って、ちょっと気持ち悪い人じゃないですか?)と詠んでいる。また、「仰天長嘆(天を仰いで嘆く)」「仰天長嘯(天を仰いで叫ぶ)」という四字熟語にも、その心のあり方が表れている。上海に『仰天実業有限公司』(仰天実業有限会社)という商社があるようだが、まさか『びっくりドンキー』みたいなノリで名づけたのではないと思う。

 日本でも古くから「仰天」という言葉は使われているが、『保元物語』(1200年代前半成立か)には「上皇は左右を失て御仰天あれば」(上皇は途方に暮れて天を仰げば)とあり、「驚く」というより、「あ~、もうだめだ」という気分。『太平記』(1300年代後半成立か)には「六波羅が攻め落とされた(中略)と聞いて、少弐貞経は『なんじゃ、そりゃ-!』と仰天した」とあり、こちらは「びっくり仰天」である。『日葡辞書』(1603)には「天を仰ぐこと」「驚くこと」とあり、「嘆くこと」という説明はない。いつごろ「仰天」の意味がびっくりドンキーに変わったのかは調査不行き届きでよくわからないが、そこには「驚天動地」(天を驚かし地を動かす)という白居易の詩句の影響が、語呂からも意味の上でもあるのではないかと筆者は考える。

 とはいえ、冒頭の例文「あいつが合格したなんて、びっくり仰天だ」には、驚いた後、「なんであんなやつが合格したんだよ~(オレはスベったのに)」と嘆いて天を仰ぐありさまが、スローモーションで再生されているように思われ(私だけか?)、「仰天」に「嘆き」の要素が残されているのを見てとって、ひとり静かにほくそ笑むのであった(あんたもよっぽど気持ち悪い人だよ)

 (KAGAMI & Co.)

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