スピンオフ

すぴんおふ

 スピンオフとは、本社から分かれて分離独立させる、副産物を生み出すという意味。エンタメの世界では、本編の映画やテレビドラマから派生的に別の作品を作ること、また、その作られた作品を言う。例えば、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のスピンオフに当たるのが『ホビット』である。アメリカのテレビドラマでは、人気刑事ドラマを都市や所属部署を変えるなどして、多数のスピンオフ作品が生み出されている。それらは、「本編の人気に乗っかってスピンオフ作れば、小遣い稼ぎできるんじゃね」みたいなノリで作られる(と思う)が、本編より人気の高い作品が生まれることもままあり、余裕のある資金は投資に回した方がよいという教訓が得られる(関係ね~だろ。証券会社の回し者かっ)。

 日本でも、マンガ、アニメ、ゲームなどでさまざまなスピンオフ作品が生み出されているが、古くは講談の『赤穂義士伝』に『義士銘々伝』『義士外伝』などのスピンオフがある。中でも義士個々の逸話を描いた『銘々伝』はとりたてて人気があり、講談師が一生食うに困らないだけのネタの宝庫となっている(講談そのものが、食っていける芸かどうかはさておき)。さかのぼれば、『源氏物語』の「宇治十帖」もスピンオフの雰囲気がなくもない。

 世界を見渡せば、古くからスピンオフ作品はあり、『聖書(正典)』に対する『外典』、『春秋左氏伝』に対する『春秋外伝』、『アラビアンナイト』から派生した幾多の作品等々、枚挙にいとまがない。つまり、どの世界でも人気に乗っかる「あやかり商法」が(あ、聖書などに「商法」はまずいか)、昔から盛んだったことがよくわかる。

 英語のspinは、もとは糸を紡ぐ、つまり紡績するという意味だが、糸車や紡錘が回転する様子から、勢いよく回す、回転するという意味で用いられている。spinoffは、会社の分離独立という意味も、テレビドラマの派生作品という意味も、1950年代以降に使われ始めた新しい言葉のようである。回転体から弾き飛ばされるようなイメージの言葉ではないかと思われ(筆者の憶測)、会社の分離独立などは、「やばくなっても本社に被害が及ばないよう

(KAGAMI & Co.)