うつろ、虚ろ、空ろ、洞

うつろ

 うつろ(虚ろ、空ろ)は、「洞」とも書くように、中身のない状態、からっぽのものを言う。そこから「うつろな心」のように、心がからっぽ、つまり、気力や意志、考えがない状態、虚しい(むなしい)気持ちを表すのに用いられる。「目がうつろだけど、大丈夫?」という発言も、うつろな精神状態が目付きに現れている(挙動不審な感じ?)のを心配しているのであって、ガイコツの健康状態を気づかっているわけではない。

「うつろ」は古くは「うつほ」(読みは「うつお」)または「うつぼ」と言ったようだ。『古事記』に「内はほらほら、外はすぶすぶ」という、入り口が狭くて内部ががらんどうという地下の洞窟の表現があるが、この「うちはほらほら」が「うちほら」、「うつほ」そして「うつろ」へと変化したのではないかとも考えられる。つまり「うつ」は内側という意味であり、容器を意味する「うつわ」なども同源ではないかと見られる。

 ところで「うつろ」は、「現(うつつ)」と語呂が似ているため、「うつつ」を空虚(うつろ)なもの、つまり「夢」や「まぼろし~っ!(イッコーさん光臨)」という意味で理解している人が多い。しかし「うつつ」は、現実、夢から目覚めた状態という意味であり、「うつろ」とは正反対なのである。「うつつ(現実)」と「うつろ(空虚)」が混同しやすいというのは、まるで仏教の「色即是空」みたいな話で興味深い。しかし「うつつ(現実)」のほうは、映像を投影する「映す」や、移動させる「移す」などと関係のある言葉のようで(それでも十分「色即是空」「輪廻転生」で、仏教的だけどね)、「うつろ」とは直接関係はないようだ。

 うつろ、空虚は、英語ではvain。カーリー・サイモンの“You`re So Vain”という1970年代の大ヒット曲は、日本では『うつろな愛』と訳されたが。歌詞を聞くと、このタイトルは「あんたはうぬぼれ屋」という訳が正解(ロバート・ジョンソンの“Love In Vain”は、ムダに終わった愛を歌っていて『虚しい恋』と訳され、こちらのほうが「うつろな愛」に近い)。vainはもともと空虚、からっぽの意味だが、それが、オツムが空っぽ→おバカなヤツ→自分を知らないうぬぼれ屋という変換を経て、現在では「うぬぼれ屋」での使い方が多くなっているようだ。そんなわけのわからん変換など知ったこっちゃない日本の音楽関係者が「うつろな愛」と訳したのも無理からぬことで、昔の日本の青少年は、そのタイトルを信じて(歌詞なんか訳しやしないから)、「ああ、片思いの歌なのね」とロマンチックな夢想を巡らせたのである。

(KAGAMI & Co.)

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